Q.令和8年版の構成 ― 統計にテーマ章「働いてよし」が付いた

2026年7月10日、令和8年版観光白書が閣議決定・国会提出されました。令和7年版は2025年6月13日の公表でしたから、今年はほぼひと月遅れです。観光立国推進基本法 第8条に基づく年次報告である点は変わりません。

変わったのは中身の組み立てです。統計を並べる第I部が「世界の観光の動向」「日本の観光の動向」の2章に集約され、3章目にテーマ章「『働いてよし』の観光産業の実現に向けて〜宿泊業の人材確保と生産性の向上〜」が入りました。従来の「住んでよし、訪れてよし」に「働いてよし」を加え、宿泊業で働く人の賃金・休日・スキルアップを白書の正面に据えた構成です。

I
第I部 観光の動向(第1章 世界 / 第2章 日本 / 第3章 テーマ章)

2025年実績の統計に、宿泊業の人材確保・生産性を特集するテーマ章が続く。

読みどころ: テーマ章の宿泊業データは、自館の待遇・投資を全国と比べる基準になる。

II
第II部 令和7年度に講じた施策

2025年度に政府が実施した観光施策の報告。基本計画の3つの柱に沿って並ぶ。

読みどころ: 自治体・DMOとの連携事業を探すときの索引として使える。

III
第III部 令和8年度に講じようとする施策

2026年度の施策予定。出国税引き上げ後の関連予算1,300億円の使途もここに含まれる。

読みどころ: 公募・支援メニューの予告編。補助金を狙うならこの部から。

令和7年版(統計編4章構成)の読み方と2024年実績の数値は、観光白書 令和7年版 統計編の読み方にあります。前年比較の元データとして併用してください。

Q.2025年の主要数値 ― 訪日4,268万人と2030年目標への距離

2025年の訪日外国人旅行者数は4,268万人。前年の3,687万人から+15.8%で、過去最高を2年連続で更新しました。消費額は9兆4,549億円(+16.4%)。日本人を含む国内の旅行消費総額は37.6兆円(+9.6%)で、これも過去最高です。

指標 2025年実績 前年比 2030年目標 進捗率
訪日外国人旅行者数 4,268万人 +15.8% 6,000万人 71.1%
訪日外国人旅行消費額 9兆4,549億円 +16.4% 15兆円 63.0%
日本人国内旅行消費額 26.8兆円 +6.5% 35兆円 76.6%
出国日本人数 1,473万人 +13.3%

市場別 ― 韓国・中国本土が900万人台、欧米豪の比重が上がる

2025年の内訳(暫定値)では韓国946.0万人、中国本土909.6万人が並び、台湾676.3万人が続きます。白書が強調するのは順位よりも構成の変化です。欧米豪は722.3万人でシェア16.9%。2019年(13.0%)から比重が上がり、国・地域の多様化が進みました。

市場 2025年訪日数(暫定値) シェア 備考
韓国 946.0万人 22.2% 近距離・LCC・週末訪日が主体
中国本土 909.6万人 21.3% 2019年(959.4万人)の水準に迫る
台湾 676.3万人 15.8% 過去最高を更新
東南アジア 480.0万人 11.2% 白書区分(タイ・シンガポール・マレーシア等)
北米 399.5万人 9.4% 米国・カナダ。長期滞在・高単価
香港 251.7万人 5.9% 地方分散が早い市場
世界の中の日本の位置

2024年の外国人旅行者受入数ランキングで日本は3,690万人の世界9位(アジアで1位)。世界の国際観光客数は2025年に15億2,300万人(前年比+4.0%)と過去最高で、訪日の伸び(+15.8%)は世界平均の4倍近く、世界の中でも日本の伸びが際立った年でした。

Q.宿泊統計 ― 全体は前年割れ、外国人は過去最高

2025年の延べ宿泊者数は6億5,348万人泊で前年比-0.8%。訪日が+15.8%の年に全体が減った理由は内訳にあります。日本人延べ宿泊者数が4億7,561万人泊(-3.8%)と減り、外国人の1億7,787万人泊(+8.2%・過去最高)では埋めきれませんでした。

区分 2025年(速報値) 前年比 備考
延べ宿泊者数(全体) 6億5,348万人泊 -0.8% 2024年は6億5,906万人泊
うち日本人 4億7,561万人泊 -3.8% 全体の73%を占める土台が縮小
うち外国人 1億7,787万人泊 +8.2% 過去最高
外国人のうち地方部 5,873万人泊 33.0% 三大都市圏1億1,914万人泊(67.0%)

自館の2025年実績が前年割れでも、日本人客中心の施設なら全国平均(-3.8%)との比較で評価が変わります。逆に、外国人比率の高い施設で前年並みなら、市場の伸び(+8.2%)を取りこぼした可能性を疑う場面です。全体の数字より、自館の客層と同じ区分の数字と比べるのが白書の使い方です。

2025年値は速報値

白書の図表には「2025年は速報値」と注記があります。宿泊旅行統計は速報→第2次速報→確報の順で更新され、確報で数%動くことがあります。リリース段階の違いは宿泊統計 4段階リリースの読み方で確認できます。月次の最新値は訪日・宿泊の月次推移トラッカーで追えます。

Q.テーマ章を読む ― 賃金・生産性・研修の6指標

白書がテーマ章を宿泊業に割いたのは、人材の数字が全産業から大きく離れているからです。6つの指標を全産業と並べます。

指標 宿泊業 全産業 基準年
年間賃金総支給額(一般労働者) 413万円 546万円 2025年
労働生産性(一人当たり付加価値額) 587万円(全産業の72%) 817万円 2024年度
非正規雇用の割合 45.3% 36.5% 2025年
OFF-JT(職場外研修)を実施していない 50.3% 26.1% 2024年
計画的なOJTを実施していない 52.2% 35.1% 2024年
従業員一人当たり設備投資額 75万円 124万円 2024年度

指標どうしはつながっています。宿泊業は繁閑差が大きく、業務量の増減調整をパートタイム・有期雇用で吸収してきました(宿泊業・飲食サービス業がパート等を雇う理由の1位は「1日の忙しい時間帯に対処するため」62.4%・2021年調査)。非正規比率が上がると、研修投資は正社員より後回しになりがちで、スキルの蓄積が薄くなる。生産性が伸びず、賃金の原資も増えない。繁閑差に始まり、生産性と賃金の停滞に行き着くこの循環が、6指標の裏にあります。

年間休日日数にも差が出ています。産業全体では120〜129日の層が最も厚いのに対し、宿泊業・飲食サービス業は100〜109日に集中。給与と休日の両方で、宿泊業は全国平均より低い位置から採用競争に臨んでいる計算です。

人材確保の施策論は宿泊業の人手不足対策 ― 第5次観光立国推進基本計画の実行5項目で扱っています。白書テーマ章は、その施策論に全国データの裏付けを与える章です。

Q.人手不足72.2%と、純利益が増えた施設・減った施設の分かれ目

観光庁が2025年12月から2026年1月にかけて宿泊施設522軒に行ったアンケートでは、72.2%が「人手不足の状況にある」と答えました。規模別では中規模施設(年間売上高1億円以上10億円未満)が77.1%で最も高く、小規模66.0%、大規模69.9%。人が足りない状態が、規模を問わず常態になっています。

人手不足が引き起こしている中身も数字になっています。

  • 特定の時期・時間帯に既存従業員の負担が増している: 79.3%
  • 追加人員の採用にコストや時間がかかっている: 50.4%
  • サービスを一部縮小せざるを得なくなっている: 40.6%
  • 事業を拡大したい(稼働や単価を上げたい)が人員不足で断念: 21.5%

一方で、白書は利益が伸びた施設と落ちた施設の要因も並べています。ここがこの章で最も実務に近い部分です。

純利益がコロナ禍前より増えた施設の要因(上位) 回答率 純利益が減った施設の要因(上位) 回答率
料金単価の引上げ 81.2% 原材料費の増加による利益圧迫 78.0%
インバウンド客の増加 49.5% 人件費の増加による利益圧迫 70.7%
国内旅行者の増加 41.2% 人材不足によるサービス内容の縮小 42.3%

増えた側の1位は集客ではなく料金単価の引上げ(81.2%)でした。減った側は原材料費・人件費の上昇を単価に転嫁できず、人材不足でサービスの中身まで縮小した施設です。つまり同じコスト上昇の環境で、単価を上げられたかどうかが利益の分かれ目になりました。単価を上げるには、見合うサービスを保つ人員が要ります。人員を保つには待遇の原資が要ります。テーマ章の循環の話が、ここで損益計算書につながります。

気になる数字がもう1つあります。人手不足の改善に「効果のあった取組が特にない」と答えた施設が47.5%。白書が指摘するのは、この回答が小規模施設に多い点です。打ち手が効かなかったのか、試す余力がなかったのかは調査からは読み分けられません。どちらにしても、外部の支援メニューを使う余地が最も大きい層です。

Q.白書の掲載事例 ― 週休3日の休館日制から地域の人材交流まで

テーマ章の後半は取組事例です。白書が選んだ4件は、いずれも「人を増やす」より先に「仕事の組み方を変えた」事例という共通点があります。

実施主体 取組 白書記載の成果
ホテル末広(愛知県蒲郡市) 火〜木曜の週3日固定休館日制。従業員のマルチタスク化に手当を支給 営業日縮小で売上は2/3程度に減ったが、高付加価値化と業務効率化で利益率15%増
熱海市役所(静岡県) 生成AIで口コミ・SNS分析、観光案内所の問い合わせ分析、多言語発信を効率化 データ分析の業務量が約15分の1、問い合わせ傾向把握が約4分の1に
黒川温泉観光旅館協同組合(熊本県) 地域一体の合同入社式・合同研修・若手リーダー育成「黒川塾」 短期離職率が改善。黒川塾の卒業生は6期累計63人
奈良県ビジターズビューロー 閑散期の施設スタッフが繁忙期の他地域施設へ数ヶ月出向する人材シェアリング実証 繁忙期の即戦力を確保し稼働率を維持。双方のサービス品質向上(実証段階)

ホテル末広の週休3日休館は、稼働を捨てて利益率と働きやすさを取った判断です。売上が2/3になっても利益率が上がったのは、休館日に大型設備を止めて燃料費を削り、営業日に人手と単価を集中させたからです。自館の曜日別稼働データがあれば、同じ計算は今日できます。低稼働曜日の限界利益と、休館で浮く変動費・人件費を並べるだけで、休館日制が成り立つかの一次判定になります。

白書テーマ章を自館に引き付ける5項目期限担当
自館の給与テーブル・年間休日を白書の基準(賃金413万円/546万円、休日100〜109日集中)と並べ、採用市場での立ち位置を確認 2026年8月中 経営企画 / 総務
曜日別稼働・限界利益を出し、低稼働曜日の休館(または一部フロア閉鎖)の損益を試算 2026年Q3 支配人 / 経理
研修の実施状況を確認(OFF-JT・計画的OJTの有無)。未実施なら業界団体・自治体の研修メニューから1つ選ぶ 2026年Q3 総務 / 現場リーダー
純利益の増減要因を白書の項目(単価・客数・原材料費・人件費・サービス縮小)で自館に当てはめ、単価転嫁の余地を点検 2026年Q3 経営企画 / レベニュー担当
出国税財源の公募(コンテンツ造成612億円等)と自治体の支援メニューを確認し、応募候補をリスト化 2026年度上期 経営企画 / 申請担当

Q.出国税3,000円と関連予算1,300億円の行き先

国際観光旅客税(出国税)は2026年7月1日に1,000円から3,000円へ引き上げられました。これに伴い関連予算は令和7年度の490億円から1,300億円へ2.7倍に増えます。白書は、増額分の使いみちを「2030年目標(訪日6,000万人・消費15兆円)の達成」と「オーバーツーリズムの未然防止・抑制など新たな課題への対応」に重点を絞ると明記しました。

令和8年度予算での充当先は3つに分かれます。

使途 予算額 中身
快適な旅行環境の整備 596億円 オーバーツーリズム対策、出入国の円滑化、観光地へのアクセス・地内移動手段の整備等
日本の魅力に関する情報入手の容易化 92億円 訪日プロモーション等
地域固有の文化・自然を活用した体験・滞在の質の向上 612億円 文化、国立公園、食、アクティビティ等、地域の特性を活かしたコンテンツ造成等

宿泊事業者にとっての読みどころは612億円の枠です。地域のコンテンツ造成はこれまでも観光庁・自治体経由の公募事業として実施され、宿泊施設が体験プログラムの提供者・連携先として参画してきました。財源が2.7倍になれば、公募の本数・規模も変わる可能性があります。確定情報は各公募要領待ちです。ただ、自館で出せる体験や地域連携の相手を先に挙げておけば、公募が出てから探し始めるより速く動けます。

宿泊業向けの補助金の全体像は補助金・支援制度の記事一覧から確認できます。

Q.FAQ ― 令和8年版で迷う5つの論点

令和8年版観光白書はどこで読めますか?

観光庁の報道発表ページ(2026年7月10日付)で、本文PDF(第I部〜第III部)と概要版が無料公開されています。冊子版は後日、政府刊行物として販売されます。

白書はExcel・CSVでの生データ提供を行っていないので、数値を加工したい場合は元統計(JNTO訪日外客統計・宿泊旅行統計調査・インバウンド消費動向調査)からダウンロードします。

令和7年版から何が変わりましたか?

大きく3点です。①第I部の章構成が「世界の観光の動向」「日本の観光の動向」の2章に集約され、統計の見せ方がコンパクトになった。②テーマ章「『働いてよし』の観光産業の実現に向けて」が新設され、宿泊業の賃金・生産性・人手不足のデータが特集された。③公表時期が例年の6月中旬から2026年7月10日にずれた。

2025年の宿泊統計の数値は確定値ですか?

速報値です。白書の図表にも「2025年は速報値」と注記されています。宿泊旅行統計調査は速報→第2次速報→確報の順で数値が更新され、確報段階で数%動くことがあります。年間確報の公表後に、自館の資料で使う数値を差し替えるのが安全です。リリース段階の違いは4段階リリースの読み方で解説しています。

テーマ章のデータは宿泊施設の実務でどう使えますか?

採用と待遇の立ち位置を測る全国基準として使えます。年間賃金は宿泊業413万円に対し全産業546万円、年間休日は宿泊業で100〜109日に集中、OFF-JT(職場外研修)の不実施は宿泊業50.3%(産業計26.1%)。自館の求人条件・休日日数・研修の有無をこの3つと並べれば、応募者から見た自館の位置が数字で見えます。

出国税の引き上げは宿泊施設に関係がありますか?

税を納めるのは出国者です。ただ、増額された関連予算1,300億円の使途は宿泊地域に向かいます。令和8年度予算では旅行環境の整備に596億円、訪日プロモーションに92億円、地域の体験・滞在の質の向上に612億円。とくに612億円分は地域でのコンテンツ造成事業として公募される見込みがあり、観光庁と自治体の公募情報を追う価値があります。