Q.中小ホテル・旅館でも回せる相談窓口とは何か

2026年10月1日施行の改正労働施策総合推進法に基づく厚労省指針(令和8年告示第51号)は、すべての雇用主に対し「カスハラに関する相談体制の整備」を措置義務として求めています(措置5項目の②)。従業員1人以上であれば中小企業の猶予はありません。

「相談体制」が意味するもの

指針が求める相談体制とは、従業員がカスハラ被害を受けた際に安心して申告・相談できる窓口を設けることです。具体的には以下の3点が要件となります。

  • 窓口の明示: 相談先(担当者名・連絡先)を全従業員に周知する
  • 相談しやすい環境: 相談者が不利益を受けない旨を明示する
  • 記録と対応: 相談内容を記録し、事実確認・対応方針を決定するフローを整える
ポイント.小規模施設(従業員10名未満)であっても「相談窓口の設置」は省略できません。ただし、専任の窓口担当者を置く必要はなく、人事担当や支配人が兼任することが認められています(厚労省企業マニュアル)。

中小施設にとっての現実的な選択肢

大手ホテルチェーンであれば人事部に専任担当を置けますが、従業員数名〜数十名の旅館ではそうはいきません。指針は内部窓口と外部窓口の併設を「望ましい」としており、中小施設でも以下の組み合わせで要件を満たせます。

  1. 内部窓口: 人事担当者または支配人が兼任(追加コストなし)
  2. 外部窓口: EAP(従業員支援プログラム)事業者、社労士、産業カウンセラーに委託(月3,000〜30,000円)

この二重体制が、コストを抑えつつ相談体制の実効性を高める最も現実的な方法です。

Q.内部窓口と外部窓口の役割分担はどうするか

内部窓口と外部窓口にはそれぞれ強みと弱みがあります。役割を明確に分けることで、互いの弱点を補い合う体制を構築できます。

内部窓口の役割

  • 即時対応: カスハラ発生直後の一次報告を受け付ける。フロントで発生したトラブルをその場で支配人にエスカレーションする流れがこれに該当します
  • 事実確認: 社内事情(シフト体制、過去のトラブル履歴、当該ゲストの宿泊状況等)を把握しているため、迅速に事実関係を整理できます
  • 対応方針の決定: 宿泊拒否の検討(改正旅館業法との連動)や、配置転換等の被害者配慮措置を判断します

外部窓口の役割

  • 匿名相談の受け皿: 内部窓口では「支配人に知られるのが怖い」「報復が心配」という従業員の心理的障壁があります。外部窓口はこの障壁を下げます
  • 専門的なケア: 産業カウンセラーやEAP事業者はメンタルヘルス対応の専門家であり、被害者の心理ケアを行えます
  • 中立性の確保: 社内の人間関係に左右されない第三者として、公平な相談対応を提供します
注意.内部窓口だけの体制では、相談率が著しく低くなる傾向があります。厚労省企業マニュアルでも、外部窓口の併設を推奨しています。「相談ゼロ件=問題なし」ではなく「相談しにくい環境」である可能性を常に意識してください。

情報連携のルール

外部窓口が相談を受けた場合、相談者の同意を得た上で内部窓口(人事担当者)に情報を共有します。共有する情報の範囲は以下の最小限にとどめます。

  • カスハラの概要(日時・場所・行為の内容)
  • 対応が必要な事項(配置転換の希望、加害者への対処等)
  • 相談者の氏名は、本人の同意がない限り非開示

Q.相談を受けた際の初動と記録の仕方

相談を受けた窓口担当者の初動が、その後の対応品質を左右します。以下の4ステップで対応してください。

初動フロー(4ステップ)

  1. 傾聴: まず相談者の話を最後まで聞く。途中で「それはカスハラに該当しないのでは」等の判断を挟まない
  2. 記録: 相談記録フォーマット(下記)に沿って事実を記録する。記録は相談者に確認してもらう
  3. 対応方針の説明: 今後の流れ(事実確認の方法、想定されるスケジュール、秘密保持の方針)を相談者に説明する
  4. 報告: 内部窓口担当者から人事責任者(または支配人)へ報告し、対応方針を合議で決定する

相談記録フォーマット

以下の項目を統一フォーマットで記録してください。紙でもExcelでも構いませんが、保管場所と閲覧権限を事前に決めておくことが重要です。

相談記録フォーマット(例)
受付日時相談を受け付けた日時(yyyy/mm/dd hh:mm)
受付窓口内部窓口 / 外部窓口(EAP名等)
相談者氏名・所属部署・雇用形態(正社員/パート/派遣等)
発生日時カスハラが発生した日時
発生場所フロント / 客室 / 電話 / OTA経由 等
相手方ゲスト情報(予約番号・氏名等、特定可能な範囲で)
行為の概要何をされたか(暴言・長時間拘束・土下座要求・脅迫等)を具体的に
対応方針窓口担当者が相談者に説明した内容と、合議で決定した方針
フォロー予定次回確認日・メンタルケアの要否・配置転換の有無
保管ルール.相談記録は施錠可能な場所またはアクセス制限付きの共有フォルダに保管し、閲覧権限は窓口担当者と人事責任者に限定してください。就業規則にも保管ルールを明記することが望ましいです。

Q.「相談したことを理由とする不利益取扱い禁止」をどう運用するか

厚労省指針は、カスハラに関する相談を行ったことを理由とする不利益な取扱いを禁止しています。これは措置5項目の⑤(プライバシー保護と不利益取扱いの禁止)にも該当する重要な要件です。

「不利益取扱い」に該当する例

  • 相談したことを理由とする解雇、降格、減給
  • 本人の意に反する配置転換(加害者から離すための配置転換は正当)
  • 相談したことを他の従業員に広める行為
  • 相談者に対する嫌がらせや冷遇

就業規則への追記

不利益取扱い禁止を実効性のあるものにするために、就業規則に明文化することが重要です。以下の趣旨の条項を追記してください。

従業員がカスハラに関する相談を行ったこと、または事実確認に協力したことを理由として、当該従業員に対し不利益な取扱いを行ってはならない。 就業規則への追記例(趣旨)

相談者の情報管理

  • 相談者の氏名は窓口担当者と人事責任者のみが保有する
  • 加害者(ゲスト)への対処に必要な最小限の情報は共有するが、相談者の特定につながる情報は伏せる
  • 相談記録の閲覧者を記録し、アクセスログを残す(Excel管理でも可)
実務例.小規模旅館では「相談したら支配人にバレる」という不安が離職の引き金になり得ます。外部窓口(EAP等)を併設し、「外部窓口への相談は本人の同意なしに社内に共有されない」旨を周知することで、相談のハードルを下げられます。

Q.外部委託先の選び方とコスト感

外部窓口の委託先は大きく3つの選択肢があります。施設の規模と予算に応じて選んでください。

選択肢1: EAP(従業員支援プログラム)事業者

  • 特徴: 電話・メール・対面でのカウンセリングをパッケージ提供。メンタルヘルス対応に強い
  • コスト: 従業員50名以下で月3,000〜10,000円、100名規模で月15,000〜30,000円が目安。初期費用は無料〜数万円
  • 向いている施設: メンタルヘルス対応も含めて包括的に委託したい中規模以上の施設

選択肢2: 社会保険労務士(社労士)

  • 特徴: 労務管理の専門家。就業規則の改定や労基署対応のアドバイスも同時に受けられる
  • コスト: 顧問契約に相談窓口業務を含める形で月10,000〜30,000円。既に顧問社労士がいる場合は追加費用なしで対応可能な場合もある
  • 向いている施設: 就業規則の改定や助成金申請もあわせて依頼したい施設

選択肢3: 産業カウンセラー

  • 特徴: 心理カウンセリングの専門資格保有者。被害者の心理ケアに特化
  • コスト: 月額契約で月5,000〜15,000円程度。1回あたりの相談料ベース(5,000〜10,000円/回)の契約もある
  • 向いている施設: カスハラ被害者のメンタルケアを重視する施設

選定時の確認ポイント

  1. 対応時間: 宿泊業は深夜・早朝もシフトがある。24時間対応か、営業時間内のみかを確認する
  2. 対応チャネル: 電話のみか、メール・チャット対応も可能か
  3. 報告体制: 相談内容のレポートを月次で提出してくれるか
  4. 宿泊業の理解: 宿泊業特有の顧客対応(OTAクレーム、インバウンド対応等)への知見があるか
コスト目安.従業員20名の旅館であれば、EAP事業者との契約で月5,000〜8,000円程度が目安です。年間6〜10万円で相談体制の要件を満たせるため、1名の離職コスト(採用・教育費で50〜100万円)と比較すれば十分に投資対効果があります。

Q.相談ゼロ件のときに何をチェックすべきか

相談窓口を設置して運用を開始した後、相談件数がゼロのまま推移する場合があります。これは必ずしも「カスハラが発生していない」ことを意味しません。

ゼロ件の原因として疑うべきこと

  • 周知不足: そもそも窓口の存在を従業員が知らない。掲示物が更衣室やバックヤードに掲示されていない
  • 信頼不足: 「相談しても何も変わらない」「支配人に筒抜けになる」という不信感がある
  • 相談の定義が不明確: 従業員が「これはカスハラなのか、正当なクレームなのかわからない」と判断に迷っている
  • 相談方法が使いにくい: 電話のみで勤務中にかけられない、メールアドレスが周知されていない等

対策: 年1回以上のアンケート

窓口の認知度と利用意向を確認するため、従業員アンケートを年1回以上実施することを推奨します。以下の設問を含めてください。

  1. カスハラ相談窓口の存在を知っていますか(はい/いいえ)
  2. 過去12か月でカスハラに該当すると感じた経験はありますか(はい/いいえ)
  3. 「はい」の場合、相談窓口を利用しましたか(した/しなかった)
  4. 利用しなかった理由(自由記述)
  5. 窓口の改善点があれば教えてください(自由記述)
注意.「相談ゼロ件=安全」と経営報告してしまうと、実態との乖離が広がります。形式的には指針の要件を満たしていても、「相談しやすい環境」かどうかは別問題です。アンケート結果をもとに周知方法や相談チャネルの見直しを行ってください。

Q.相談窓口の設置チェックリスト

以下の7つの手順を順に進めることで、2026年10月1日の施行に間に合う形で相談窓口を整備できます。

カスハラ相談窓口の設置 ― 7つの手順
やることいつまでに担当
内部窓口担当者を指名する(2名以上推奨)6月上旬経営層・人事
外部委託先(EAP/社労士等)を選定・契約する7月上旬人事・経理
相談記録フォーマットを作成する7月中旬人事
就業規則に不利益取扱い禁止条項を追記する7月末人事・法務
全従業員への周知資料を作成し配布する8月上旬人事
窓口の連絡先(電話・メール・専用フォーム)を掲示する8月中旬総務
運用開始後3か月時点で利用状況を振り返る11月末人事・支配人

補足: 周知資料に含めるべき内容

全従業員への周知資料(A4で1〜2枚程度)には、以下の情報を含めてください。

  • カスハラの定義と具体例(どのような行為が該当するか)
  • 相談窓口の連絡先(内部窓口・外部窓口の両方)
  • 相談の流れ(何を聞かれるか、どのくらいで対応してもらえるか)
  • 「相談したことで不利益を受けることは一切ない」旨の明示
  • パートタイム・派遣スタッフも対象である旨

周知資料は更衣室、バックヤード、休憩室など従業員の目に触れる場所に掲示してください。デジタル配布(社内チャット、メール)と紙掲示の両方で行うことが望ましいです。

Q.よくある質問

支配人が窓口担当ではダメですか?
指針上は支配人の兼任も認められています。ただし、支配人自身がカスハラの当事者になり得ます(ゲストとの対客交渉でクレーム対応の最前線に立つため)。支配人が窓口を兼ねる場合でも、もう1名の別担当(人事、副支配人等)を設けることが望ましいです。
外部委託のEAPサービスの相場はいくらですか?
従業員50名以下で月3,000〜10,000円が目安です。100名規模では月15,000〜30,000円程度。初期費用は無料〜数万円の場合が多く、年間契約が一般的です。既に顧問社労士がいる場合は、顧問契約の範囲内で対応可能な場合もあるため確認してください。
相談者の匿名性はどこまで守るべきですか?
相談者の個人情報は窓口担当者のみが保有し、加害者への対処に必要な最小限の範囲でのみ共有するのが原則です。本人の同意なしに相談者の氏名を第三者に開示してはなりません。この運用ルールは就業規則に明記すべきです。
パートタイム・派遣スタッフからの相談も受けるべきですか?
受けるべきです。厚労省指針は雇用形態を問わず全労働者を対象としています。派遣スタッフについては、派遣先事業主(=宿泊施設側)にも措置義務が課されており、相談体制の対象に含める必要があります。
窓口設置だけして相談ゼロでも要件達成と言えますか?
形式的には要件を満たしています。しかし、「相談しやすい環境」かどうかは別の評価軸です。相談ゼロ件が続く場合は、周知不足や信頼不足の可能性を疑い、年1回以上のアンケートで窓口の認知度と利用意向を確認することが推奨されます。