改正労推法(従業員保護・内向き)と改正旅館業法(宿泊拒否・外向き)は補完関係にある。現場では「労推法措置を先行 → 事実確認 → 旅館業法の宿泊拒否を検討」の順序が必須。
旅館業法第5条の大原則は「正当な理由なく宿泊を拒んではならない」。誤拒否は差別的取扱いとして損害賠償リスクに直結する。拒否には客観的根拠と複数人合議が前提。
9月末までに宿泊拒否判断フローと記録様式を確定し、10/1施行の労推法措置義務と旅館業法の宿泊拒否権を一体で運用する体制を整える。
Q.なぜ二法の連動運用が必要なのか
ホテル・旅館の現場でカスハラが発生した場合、事業者は2つの異なる法律の義務と権限を同時に扱わなければなりません。
| 観点 | 改正労働施策総合推進法(2026/10/1〜)※1 | 改正旅館業法(2023/12〜)※2 |
| 目的 |
従業員を守る(内向きの保護義務) |
宿泊者を管理する(外向きの裁量権) |
| 性質 |
カスハラ防止の措置義務(全雇用主に義務) |
特定要求行為への宿泊拒否権(裁量) |
| やるべきこと |
方針策定・相談体制・事後対応・抑止・保護の5項目 |
7類型に基づく拒否判断・記録 |
| やらないと |
報告徴求 → 指導 → 勧告 → 企業名公表 |
不当拒否は差別的取扱いで損害賠償リスク |
労推法は「従業員を守れ」と命じ、旅館業法は「宿泊者を正当な理由なく拒むな」と命じます。この2つは矛盾するのではなく、順序と条件を正しく設計すれば補完関係になります。労推法の措置(記録・報告・ケア)を先行し、その記録に基づいて旅館業法の宿泊拒否を検討する、という流れが実務の基本形です。
背景.カスハラ義務化の全体像は
カスハラ義務化対応ガイドを参照してください。本記事は、同ガイドの「H2-3: 改正旅館業法の宿泊拒否とどう使い分けるか」をさらに深掘りした記事です。
Q.旅館業法の特定要求行為7類型とは何か
2023年12月施行の改正旅館業法は、第5条第1項第3号で「特定要求行為」を宿泊拒否事由に追加しました。厚労省の改正旅館業法特設ページでは、この特定要求行為を7つの類型に整理しています(厚労省、2023年12月)。
1
暴力行為
従業員に対する殴打、足蹴り、物の投擲など身体的な攻撃。未遂も含む。
労推法対応: 措置3「事後の迅速な対応」即時発動 + 警察通報検討
2
脅迫的言動
「ネットに書くぞ」「営業停止にしてやる」「個人情報を晒す」など、恐怖を与える発言や態度。
労推法対応: 措置1「方針」に脅迫言動の定義を明記 + 措置4「抑止」で録音告知
3
不当な要求の反復
正当な根拠のない無料アップグレード、金銭的補償、特別待遇の繰り返し要求。要求の妥当性と手段の相当性の両面で判断。
労推法対応: 措置3「事後対応」で対応記録を蓄積 → 反復性の客観的証拠に
4
長時間の拘束
フロントや電話で従業員を30分以上にわたり解放しない。同一クレームでの複数回・合計時間も対象。
労推法対応: 措置4「抑止」でエスカレーション基準(30分ルール等)を事前設定
5
セクシュアルハラスメント
客室清掃員や接客スタッフへの身体的接触、卑猥な発言、つきまとい行為。
労推法対応: 措置5「プライバシー保護」で被害者の匿名性を確保 + 措置2「相談体制」
6
差別的・侮辱的言動
人種・外見・性別等を理由とする侮蔑、人格否定、SNSでの名誉毀損。
労推法対応: 措置1「方針」にハラスメント全般の定義を明記 + 措置3「事後対応」
7
器物損壊等
客室備品の故意破壊、共用部の損壊、消火器の不正使用。刑法上の器物損壊罪にも該当し得る。
労推法対応: 措置3「事後対応」+ 損害賠償請求の検討 + 警察通報
補足.7類型は限定列挙ではなく、これらに準ずる行為も特定要求行為に該当し得ます。ただし、正当なクレーム(設備不良の改善要望など)は特定要求行為に該当しません。改正旅館業法の全体像は
2023年改正旅館業法の実務影響を参照してください。
Q.7類型は労推法のカスハラ定義とどう対応するか
厚労省指針(令和8年厚労省告示第51号)は、カスハラを「顧客等からの著しい迷惑行為で、従業員の就業環境が害されるもの」と定義しています。判断基準は2軸です。
- 要求の内容の妥当性: 要求自体に正当な理由があるか
- 手段・態様の社会通念上の相当性: 要求の伝え方が社会的に許容される範囲か
旅館業法の7類型は、この2軸のうち主に手段・態様の相当性を欠く行為を類型化したものです。つまり、7類型に該当する行為は、労推法のカスハラ定義にも原則として該当します。
対応関係の実務的な意味
この対応関係が意味するのは、旅館業法7類型に該当する行為が発生した場合、事業者は2つの対応を同時並行で進める必要があるということです。
- 労推法側: 従業員保護の措置義務(記録、相談対応、被害者ケア)を即座に実行する
- 旅館業法側: 労推法の記録を根拠として、宿泊拒否の要否を合議で判断する
逆に言えば、旅館業法の宿泊拒否を行使するには、労推法側の記録と対応が先行して整っていることが実務上の前提条件になります。記録なき拒否は、第5条の「正当な理由」を立証できないリスクを抱えます。
Q.カスハラ発生から宿泊拒否判断までのフロー
現場でカスハラが発生した場合の標準的な対応フローを5ステップで見ます。
1
初動対応 ― 従業員の安全確保
暴力・脅迫がある場合は従業員を即座に退避させる。必要に応じて警察への通報を判断。フロントの対応者を交代し、1人で対応させない。
根拠: 労推法 措置3「事後の迅速かつ適切な対応」
2
記録 ― インシデント報告書の作成
日時、場所、関係者、行為の内容、経緯を記録する。録音データがある場合は保全する。記録は労推法の措置義務履行の証拠であり、同時に旅館業法の宿泊拒否根拠にもなる。
根拠: 労推法 措置3 + 旅館業法 第5条の「正当な理由」立証
3
事実確認 ― 7類型への該当性判断
インシデント報告書に基づき、旅館業法の特定要求行為7類型に該当するかを確認する。「正当なクレームか」「手段が社会通念上相当か」の2軸で判定。
根拠: 旅館業法 第5条第1項第3号 + 労推法指針 第2の1
4
合議 ― 複数人での宿泊拒否判断
支配人+上長(GM等)の最低2名で合議する。法務担当がいる場合は参加。判断内容と理由を文書化する。「フロント担当者の1人判断で拒否」は絶対に避ける。
根拠: 旅館業法の不当差別禁止原則への対応
5
実行 ― 拒否の告知と事後措置
宿泊拒否を決定した場合は、理由を明示して丁寧に告知する。被害従業員への相談対応・健康面の配慮を並行実施。一連の経緯を記録に残し、保管する。
根拠: 労推法 措置2「相談体制」+ 措置5「プライバシー保護」+ 旅館業法 第5条
重要.ステップ1〜2(労推法の措置)を飛ばしてステップ4(宿泊拒否判断)に進むと、労推法の措置義務違反と旅館業法の不当拒否リスクの両方を抱えます。必ず「従業員保護 → 記録 → 事実確認 → 合議 → 拒否」の順序を守ってください。
個別相談.自施設の規模・体制に合わせた拒否判断フローの設計、合議メンバーの指定、判断書様式の運用整備で相談先が必要なら、
編集部までお問い合わせください。
Q.宿泊拒否の意思決定をどう設計するか
宿泊拒否は旅館業法第5条の例外規定に基づく重大な判断です。「誰が、どの基準で、どう記録するか」を事前に設計しておく必要があります。
判断権者の設定
- 判断権者: 支配人(総支配人)+ 上長(GM、オーナー等)の最低2名。フロントスタッフ単独での拒否判断は禁止
- 深夜帯の対応: 支配人不在時は、事前に指定された「夜間判断代行者」が一時的な退避措置(別室案内等)を行い、翌朝の合議で最終判断する
- チェーンホテルの場合: 本社法務部への事前報告ルールを設定し、拒否判断前に助言を得る運用が望ましい
判断基準の明文化
社内マニュアルに以下の3条件を明記します。
- 7類型への該当性: インシデント報告書の記載内容が7類型のいずれに該当するか
- 反復性または重大性: 初回の軽微な行為で即座に拒否するのではなく、反復(2回以上の記録)または単発でも重大な行為(暴力・器物損壊等)であること
- 代替手段の検討: 注意喚起・警告・配置転換(担当者の変更)等で解決できないかを検討済みであること
実務例.JTB旅連事業のモデルマニュアル(2024年9月公表)では、カスハラの段階に応じた「イエロー(警告)→ オレンジ(上長対応・記録)→ レッド(宿泊拒否検討)」の3段階運用を推奨しています。
Q.誤拒否のリスクをどう回避するか
旅館業法第5条は「正当な理由なく宿泊を拒んではならない」を大原則としています。この原則は1948年の法制定以来、一貫して維持されてきました。2023年改正で宿泊拒否事由が追加されましたが、原則そのものは変わっていません。
誤拒否が発生する典型パターン
| パターン | 具体例 | リスク |
| 属性による判断 |
外国人であること、障害があること、特定の宗教・民族に属することを理由とする拒否 |
旅館業法第5条違反 + 差別的取扱いとして損害賠償 |
| 記録なき拒否 |
インシデント報告書がなく、フロント担当者の「感覚」で拒否を決定 |
「正当な理由」を立証できず、不当拒否と判定される |
| 1人判断 |
フロント担当者が上長に相談せず、その場で拒否を告知 |
判断の客観性を欠き、恣意的拒否と評価される |
| 正当クレームとの混同 |
設備故障への苦情を「不当要求」と誤認して拒否 |
サービス品質の問題を顧客対応の問題にすり替えた不当拒否 |
回避策の3原則
- 行為で判断し、属性で判断しない: 拒否の根拠は「何をしたか」であり、「誰であるか」ではない
- 記録を先行させる: インシデント報告書が存在しない拒否判断は行わない
- 複数人合議を必須とする: 最低2名の合議を経ない拒否判断は行わない
注意.インバウンド客への対応では、言語・文化の違いを「カスハラ」と誤認するリスクがあります。声量の大きさや交渉スタイルの文化差を考慮し、「行為」の客観的な記録に基づいて判断する必要があります。詳細は
インバウンド客のカスハラ対応を参照してください。
Q.両法に対応する記録は何を残すべきか
労推法の措置義務と旅館業法の宿泊拒否権の両方を適切に行使するために、以下の記録を整備します。
インシデント報告書(発生都度)
| 記載項目 | 内容 | 根拠法 |
| 発生日時 | 年月日、開始時刻〜終了時刻 | 両法共通 |
| 発生場所 | フロント、客室、電話、OTA経由等 | 両法共通 |
| 関係者 | 宿泊者名(予約名)、対応した従業員名 | 両法共通 |
| 行為の内容 | 具体的な言動の記録。可能なら逐語記録 | 旅館業法: 7類型該当性の判断材料 |
| 対応経緯 | 初動対応の内容、エスカレーションの有無、交代者 | 労推法: 措置3の履行証拠 |
| 録音・映像の有無 | データのファイル名、保管場所 | 労推法: 措置4の履行証拠 |
| 従業員の状況 | 身体的被害、精神的影響、業務継続の可否 | 労推法: 措置2・3の基礎情報 |
宿泊拒否判断書(拒否決定時のみ)
- 判断日時と判断者: 合議に参加した全員の氏名・役職
- 該当する7類型: 複数該当する場合はすべて記載
- 判断理由: なぜ拒否が必要と判断したか(反復性、重大性、代替手段の検討結果)
- 告知内容: 宿泊者にどのように告知したか(日時、方法、告知者)
- 事後措置: 被害従業員へのケア内容、再発防止策
保管期間の目安
法令上の保管期間に明文の定めはありませんが、民事上の損害賠償請求権の消滅時効(不法行為: 3年、債務不履行: 5年)を考慮し、最低3年、推奨5年の保管が目安です。労推法の行政措置(報告徴求等)への対応を考慮すると、措置義務に関する記録は直近5年分を保管することが実務上安全です。
Q.実務チェックリスト
二法連動運用 ― 9月末までに整備する8項目
| やること | いつまでに | 担当 |
| 宿泊拒否判断フロー(5ステップ)を社内マニュアルに明記する | 6月末 | 人事・法務 |
| 7類型の定義と具体例を研修資料に反映する | 6月末 | 人事 |
| インシデント報告書の統一書式を作成・配布する | 7月末 | 人事・フロント |
| 宿泊拒否判断書の書式を作成し、判断権者を指定する | 7月末 | 支配人・法務 |
| 深夜帯の判断代行者を指定し、一時的退避措置のルールを策定する | 8月末 | 支配人 |
| 全従業員向け研修を実施する(7類型・フロー・誤拒否リスク) | 8月末 | 人事・現場Mgr |
| 記録の保管ルール(5年保管・アクセス権限)を策定する | 9月末 | 法務・IT |
| 模擬ケース(ロールプレイ)でフロー全体の動作確認を行う | 9月末 | 支配人・フロント |
措置5項目全体の実務整理は措置5項目の実務ガイドを参照してください。
Q.よくある質問
特定要求行為の7類型に該当しない行為でも宿泊拒否はできますか?
7類型は限定列挙ではなく、これらに準ずる行為も特定要求行為に該当し得ます。ただし、7類型に明確に該当しない行為で拒否する場合は、「正当な理由」の立証がより困難になります。記録の精度と合議の慎重さを一段階高める必要があります。
旅館業法の宿泊拒否は義務ですか? 裁量ですか?
裁量です。特定要求行為が認められても、拒否するかどうかは事業者の判断に委ねられます。「拒否しなければ法律違反」ではありません。一方、労推法の措置義務(従業員保護)は義務であり、カスハラ発生時に何もしないことは義務違反になります。
初回の行為で即座に宿泊拒否できますか?
暴力行為や器物損壊など、重大性が明白な場合は初回でも拒否し得ます。ただし、「不当要求の反復」類型は文字どおり反復性(複数回の記録)が前提です。初回の軽微な行為に対しては、警告と記録を行い、反復時に拒否を検討するのが安全です。
宿泊拒否を告知した宿泊者が「差別だ」と主張した場合は?
インシデント報告書と宿泊拒否判断書が適切に作成されていれば、「行為に基づく判断であり、属性に基づく差別ではない」と立証できます。逆に、記録が存在しない場合は立証が困難になります。記録の有無が分岐点です。
労推法の措置義務を完了する前に宿泊拒否を決定してもよいですか?
緊急性が高い場合(暴力行為の継続等)は、従業員の安全確保を最優先に一時的な退避措置を行うことが先決です。ただし、正式な宿泊拒否判断は、インシデント報告書の作成と合議を経てから行うべきです。「措置なき拒否」は労推法の義務違反と旅館業法の不当拒否の二重リスクを抱えます。
OTA経由の予約客に対しても宿泊拒否は適用できますか?
適用可能です。OTAのプラットフォームを経由していても、宿泊契約の当事者は施設と宿泊者です。ただし、OTAの利用規約との整合性(キャンセルポリシー等)を確認し、OTA側への報告も並行して行うことが実務上推奨されます。詳細は
OTA経由クレームのカスハラ判定基準を参照してください。
宿泊拒否の記録は何年保管すればよいですか?
法令上の明示的な保管期間の定めはありません。民事上の不法行為の消滅時効(3年)と債務不履行の消滅時効(5年)を考慮し、最低3年、推奨5年の保管が安全です。
引用・転載について
本記事の文章・図表(グラフを含む)は、出典を明記いただければ引用・転載いただけます。報道・行政・教育・社内資料など媒体は問いません。事前のご連絡は不要です。
出典表記(このままコピーしてご利用ください)
出典: BB宿泊ラボ「宿泊拒否できる7ケース」(https://miyako.com/lab/kasuhara/shukuhaku-kyohi-renkei/)
- スライド・配布資料・紙媒体 — 上記の出典表記を記載(リンクは不要)。
- Web記事・ブログ — 出典表記に加えて、本記事へのリンクを設置してください。
- 図表の加工 — 色やサイズなど体裁の変更は可。数値や趣旨を変える改変はご遠慮ください。
- 商用利用・記事全文やデータ一括の転載 — 事前にお問い合わせください。