Q.なぜチェックイン時のポリシー提示が必要なのか

2026年10月1日施行の改正労働施策総合推進法は、すべての雇用主にカスハラ防止の措置義務を課します。厚労省指針(令和8年告示第51号)が定める措置5項目のうち、措置①「基本方針の明確化と周知」がポリシー提示の根拠です。

「周知」には社内(従業員向け)と社外(宿泊者向け)の両面があります。チェックイン時のポリシー提示は、宿泊者に対する外向きの周知であると同時に、従業員が毅然と対応できる後ろ盾としても機能します。

ポリシー掲示の3つの効果

  • 抑止効果: 行為を始める前に抑制する。フロントカウンターの掲示はゲストの視界に入り、無意識のブレーキになる
  • 証拠の起点: ポリシーの存在を前提に「事前に告知していた」と立証でき、宿泊拒否や警察通報時の正当性を補強する
  • 従業員の安心: 「会社がポリシーを掲げている」事実そのものが、現場スタッフが毅然と対応できる心理的安全性の土台になる
ポイント.ポリシー文の策定・掲示は、義務化対応の中で最も低コストで着手できる措置です。マニュアル整備や相談窓口の設置に先行して、まずポリシー文から始めるのが実務的に合理的です。

効果的なポリシー文例(短文1行/詳細版/多言語)

以下の文例は、改正旅館業法(第5条第1項第3号)および改正労働施策総合推進法の趣旨に沿って構成しています。自施設の実情に合わせてカスタマイズしてください。

短文版(1行)

フロントカウンターやチェックイン用紙に掲載する、最もシンプルな形式です。

日本語

当館では従業員への暴言・暴力・不当要求等の行為があった場合、改正旅館業法および改正労働施策総合推進法に基づき、サービスの中断や宿泊をお断りすることがあります。

English

Acts of abusive language, violence, or unreasonable demands toward our staff may result in a suspension of service or refusal of accommodation, in accordance with the Revised Inns and Hotels Act and the Revised Act on Comprehensive Promotion of Labor Policies.

简体中文

对工作人员实施辱骂、暴力或不当要求的行为,根据修订后的《旅馆业法》和《劳动政策综合推进法》,本酒店可中断服务或拒绝住宿。

한국어

직원에 대한 폭언·폭력·부당한 요구 등의 행위가 있을 경우, 개정 여관업법 및 개정 노동정책종합추진법에 따라 서비스 중단 또는 숙박을 거부할 수 있습니다.

詳細版(段落)

客室ファイル(インフォメーションブック)や公式サイトに掲載する、具体的な禁止行為を列挙した形式です。

日本語 詳細版

当館では、お客様に快適な滞在を提供するとともに、従業員が安全に働ける環境を維持するため、以下の行為があった場合には改正旅館業法(第5条第1項第3号)および改正労働施策総合推進法に基づき、サービスの中断や宿泊をお断りする場合がございます。

  • 暴言、侮辱、脅迫的な言動
  • 暴力行為、器物損壊
  • 長時間にわたる拘束や居座り
  • 土下座の強要、過度な金品要求
  • 性的な言動
  • SNS・クチコミを利用した脅迫

上記に該当すると判断された場合、記録を残したうえで警察への通報を行うことがあります。ご理解とご協力をお願いいたします。

注意.文例はあくまで雛形です。詳細版については顧問弁護士の確認を経ることで法的安全性が高まります。特に「サービスの中断」「宿泊をお断り」の表現と改正旅館業法第5条の要件との整合は、専門家のレビューを推奨します。

Q.掲示場所と提示タイミングはどう設計するか

ポリシーの効果は「どこで」「いつ」ゲストの目に入るかで大きく変わります。配置場所ごとの設計ポイントを整理します。

フロントカウンター(A3ポスター)

チェックイン手続きの待ち時間に自然と目に入る位置に掲示します。短文版(1行)を日本語・英語・簡体中文・韓国語の4言語で並べ、視認性を優先したデザインにします。A3横サイズが目安です。

チェックイン用紙(署名欄の上)

宿泊カードまたはタブレットのチェックイン画面に、短文版を記載します。署名欄の直上に配置することで「ポリシーを確認のうえ署名した」という同意取得の効果が得られます。

客室ファイル(インフォメーションブック)

詳細版(段落)を客室のインフォメーションブック内に挟み込みます。館内案内・Wi-Fiパスワード等と同列に配置することで、読まれる確率を高められます。4言語版を用意してください。

公式サイト(予約ページ)

予約フローの確認画面に詳細版を掲載し、「ポリシーに同意のうえ予約する」のチェックボックスを設けます。問い合わせ導線も併記し、疑問があれば事前に確認できるようにします。

OTAページ(施設紹介欄)

じゃらん・楽天トラベル・Booking.com等のOTA施設紹介欄に、短文版を掲載します。文字数制限があるOTAでは、短文+公式サイトへのリンクで詳細版に誘導する構成が効果的です。

実務例.5箇所すべてに一度に展開する必要はありません。まずフロントカウンターとチェックイン用紙の2箇所から着手し、次に客室ファイル・公式サイト・OTAの順に拡大するのが現実的です。

ポリシー違反時の運用フロー(警告→警察→宿泊拒否)

ポリシーを掲示しただけでは不十分です。違反が発生した場合の段階的な対応フローを事前に確定し、全従業員に周知しておく必要があります。

1
口頭警告
該当行為を認識した時点で、ポリシーの存在を示しながら口頭で注意します。「ポリシーに基づき、このままではサービスを中断させていただきます」と伝えます。この時点で日時・場所・内容・対応者名を記録します。
2
書面警告(繰り返しの場合)
口頭警告後も行為が継続する場合、書面で警告します。書面には日時・具体的な行為・改善要求を記載し、コピーを保管します。支配人または上長の立会いのもとで交付します。
3
サービスの中断
書面警告後も改善が見られない場合、サービスの提供を中断します。複数人(支配人+フロント責任者)の合議で判断し、判断理由と経緯を記録します。
4
警察への通報
暴力行為・脅迫・器物損壊等の犯罪に該当する行為があった場合は、段階を飛ばして直ちに110番通報します。従業員の身体的安全が最優先です。通報記録(日時・対応警察官名・受理番号)を保管します。
5
宿泊拒否
改正旅館業法第5条第1項第3号に基づき、宿泊を拒否します。拒否判断は客観的記録(ステップ1〜4の記録)に基づいて行い、差別的取扱いと指摘されないよう根拠を文書化します。
注意.各段階の記録(日時・場所・行為内容・対応者名・ゲスト名)は、後日の労働局報告や法的紛争に備えた証拠の基盤です。記録フォーマットを事前に統一し、フロントに常備してください。

Q.多言語対応はどう作るか

インバウンド客に対してポリシーの抑止効果を発揮するには、英語・簡体中文・韓国語の3言語が最低ラインです。訪日外客数の上位市場(韓国・中国・台湾・米国・香港)をカバーする構成になります。

翻訳の進め方: 2段階方式

  1. 初稿: DeepL等の機械翻訳で素案を作成する(コスト・時間の節約)
  2. チェック: 法律用語を含むため、法務知識のあるネイティブまたは専門翻訳会社のレビューを必ず経る

特に注意が必要なのは法律用語の翻訳です。「改正旅館業法」「改正労働施策総合推進法」は日本固有の法令であり、直訳では現地の法律と混同されるリスクがあります。英語では "Revised Inns and Hotels Act" のように固有名詞として扱い、現地法との混同を防ぎます。

言語選定の判断基準

  • 必須: 英語(国際共通言語として全施設で必要)
  • 推奨: 簡体中文・韓国語(訪日外客数の上位3市場をカバー)
  • 任意: 繁体中文・タイ語・ベトナム語(来館比率に応じて追加)
ポイント.本記事の文例セクションに掲載した4言語版は、そのままコピーして使用できる形式です。ただし法律用語を含むため、実運用前には法務チェックを推奨します。

ポリシー更新のタイミングと変更告知の仕方

ポリシーは一度掲示して終わりではありません。以下の3つのタイミングで定期的に見直し、必要に応じて更新します。

更新が必要な3つのタイミング

  1. 法改正時: 労働施策総合推進法・旅館業法の改正や施行令・省令の変更があった場合。厚労省の特設ページを定期的に確認してください
  2. インシデント発生後: 実際にポリシー違反が発生した場合、対応の振り返りを経て、文言の追加・修正を検討します。たとえば「SNSを利用した脅迫」が頻発した場合、短文版にもその旨を追記する等の対応です
  3. 年1回の定期見直し: 最低でも年1回(4月または10月)に、ポリシー全体を棚卸しします。文言の陳腐化、配置場所の変更(改装・システム刷新等)、新たな法解釈の確認を行います

変更告知の方法

  • 公式サイト: ポリシーページの改定日と変更箇所を明記し、更新する
  • OTAページ: 施設紹介欄のポリシー文を更新する。OTAごとに管理画面が異なるため、更新手順をチェックリスト化しておく
  • チェックイン時: 大幅な変更があった場合は、フロントスタッフが口頭で「ポリシーを改定しました」と説明する。既存予約者にも通知が行き届くよう、予約確認メールにポリシーURLを添付する方法が効率的です
  • 社内: 変更内容を全従業員に通知し、必要に応じて研修を再実施する

ポリシー導入チェックリスト

カスハラ防止ポリシーの導入 ― 7つの手順
やることいつまでに担当
ポリシー文(短文+詳細版)を確定する6月上旬経営層・人事・法務
多言語版(英・簡中・韓)を作成する6月中旬マーケ・外部翻訳
フロントカウンター・ロビーに掲示物を設置する6月末総務・フロント
チェックイン用紙にポリシー文を追加する6月末フロント・IT
客室ファイル(インフォメーションブック)に挟み込む7月上旬客室部門
公式サイト・OTAページにポリシー文を掲載する7月中旬マーケ・IT
フロントスタッフに口頭説明の研修を行う7月末人事・フロント部門

Q.よくある質問

弁護士のチェックは必要ですか?
推奨します。特に詳細版は法令への言及を含むため、顧問弁護士の確認を経ることで法的安全性が高まります。短文版は表現がシンプルなのでリスクは低いですが、念のため確認を推奨します。
インバウンド比率が低いのですが多言語版は必要ですか?
今後のインバウンド増加を考慮すると、英語は最低限備えておくべきです。簡体中文・韓国語は来館比率に応じて判断してください。訪日外客数は2025年に3,687万人を記録しており、地方部でもインバウンド比率は上昇傾向にあります。
「外国人お断り」と勘違いされませんか?
ポリシー文は行為(暴言・暴力等)に対するものであり、国籍・人種を理由とした差別ではありません。文面に「すべてのお客様」を対象とする旨を明記することで誤解を防げます。多言語で同一内容を掲示すること自体が「全員に等しく適用する」というメッセージになります。
ポリシーを改定したら既存予約者にも通知すべきですか?
推奨します。公式サイトでの告知に加え、予約確認メールにポリシーURLを添付する方法が効率的です。大幅な変更の場合は、チェックイン時にフロントスタッフが口頭で説明すると丁寧です。
自動翻訳と専門翻訳ではどちらが安全ですか?
法律用語を含むポリシー文は専門翻訳を推奨します。初稿にDeepL等の機械翻訳を使い、法務・ネイティブチェックを経る2段階方式が実務的です。機械翻訳のみでは、法律の固有名詞や微妙なニュアンスが不正確になるリスクがあります。