閑散期に手を打つ理由

観光庁「宿泊旅行統計調査」(2024年確定値)によると、全宿泊施設の客室稼働率は年間平均59.6%です。ただし、月ごとの最大差は14.5ポイント。11月の64.7%に対して、1月は50.2%まで落ち込みます。

この14.5ポイントの谷を放置すると、固定費が収益を食い続けます。人件費、設備リース、減価償却は稼働率が下がっても減りません。閑散期に稼働率を5ポイント改善できれば、年間のRevPAR(販売可能客室あたり収益)は平均で3〜4%上昇するという試算が成り立ちます。

閑散期の対策は、料金を下げて客を呼ぶ単純な値引きではありません。料金設計、チャネル運用、人員計画を連動させて、利益率を維持しながら稼働を埋めることが目標です。

出典: 観光庁「宿泊旅行統計調査」2024年確定値(2026年4月公表)

まず押さえる指標 ― ADR・RevPAR・稼働率

閑散期の施策を評価するとき、稼働率だけを見ていると判断を誤ります。稼働率が上がっても、値下げ幅が大きければ売上は減ります。施策の成否は、以下の3指標の組み合わせで判断してください。

RevPAR = ADR × 稼働率
ADR(平均客室単価) = 客室売上 ÷ 販売客室数
指標定義閑散期の見方
稼働率販売客室数 ÷ 販売可能客室数閑散期は40〜60%台。底上げが最優先だが、値引き依存は危険
ADR客室売上 ÷ 販売客室数繁忙期比で15〜25%下がるのが一般的。下げ幅を10%以内に抑えたい
RevPARADR × 稼働率稼働率とADRのバランスを取る統合指標。閑散期施策の最終評価はここで行う

ADR・RevPARは STR (Smith Travel Research) の標準定義に準拠

たとえば、ADRを20%下げて稼働率が10%上がった場合、RevPARは12%下がります(0.8 × 1.1 = 0.88)。値引き幅が稼働改善を上回ると、閑散期対策が逆効果になる典型的なパターンです。

料金設計 ― 値下げではなく価格差の設計

閑散期の料金戦略で最も多い失敗は、一律の値引きです。「閑散期だから20%オフ」という設定は、繁忙期に定価で泊まっていた客にも閑散期を意識させ、需要の先食い(時期をずらして予約する行動)を招きます。

ダイナミックプライシングの実務

需要予測に基づいて日別に価格を変動させるダイナミックプライシングは、航空業界では標準ですが、宿泊業ではまだ手動運用が主流です。PMSとサイトコントローラーを連携させれば、14日先までの予約ペースを見ながら日別に料金を調整できます。

実装のポイント

パッケージ設計で単価を守る

料金を下げる代わりに、付加価値を加える方法です。閑散期に余裕があるからこそ提供できる体験を組み込むことで、見かけの割安感を出しながらADRを維持します。

閑散期パッケージの型

連泊割引の設計

閑散期は1泊の客を2泊にする方が、新規の1泊客を獲得するよりコストが低くなります。清掃回数が減り、リネン交換コストも下がるため、2泊目の原価は1泊目より低い。この差を割引原資に充てます。

連泊割引の相場は2泊目で5〜10%引き、3泊目以降で10〜15%引きです。ただし、OTA経由で連泊割引を設定すると手数料が2泊分かかるため、自社サイト限定の連泊割引を設定し、直予約の動機にする設計が合理的です。

チャネル運用 ― 閑散期に強い経路を選ぶ

繁忙期は黙っていても予約が入るため、直予約比率を最大化してOTA手数料を圧縮するのが定石です。しかし閑散期は事情が変わります。自社サイトだけでは集客力が足りない施設が大半で、OTAの集客力を借りる必要があります。

閑散期のOTA活用

閑散期に検討すべきチャネル施策

法人需要の開拓

ビジネスホテルの稼働率が年間を通じて高いのは、法人契約による平日需要があるためです。リゾートホテルや旅館でも、研修・合宿・報奨旅行(インセンティブトリップ)といった法人需要を取り込めれば、閑散期の底上げになります。

法人営業は成約までに数か月かかるため、閑散期の半年前から動く必要があります。具体的には、近隣の企業・団体への研修プラン提案、旅行代理店の法人部門への営業、MICE(会議・報奨旅行・学会・展示会)対応の実績づくりです。

法人契約のメリットは稼働の安定だけではありません。料飲・会議室・宴会場の併用が見込めるため、客室以外の収益も上がります。

当日在庫の処理

当日の空室を安売りで埋めるのは最後の手段です。常態化すると「直前に安くなる」と学習した顧客が予約を遅らせるようになり、全体のADRが下がります。

当日在庫を処理する場合は、通常のチャネルとは切り離します。たとえば、リピーター向けのメール会員限定オファーや、法人契約の追加客室として提供する方法であれば、一般の価格体系に影響を与えません。

人員計画 ― 固定費を変動費に近づける

宿泊業の人件費比率は売上の25〜35%に達します。閑散期に稼働率が下がっても、人件費が同じ水準で固定されていれば、利益は圧縮されます。人員計画の目的は、サービス品質を落とさずに、閑散期の人件費を繁忙期より抑えることです。

シフト最適化

閑散期のシフト設計で重要なのは、稼働率に連動した人員配置基準を持つことです。「客室50室稼働ならフロント1名・清掃3名」のように、稼働数に対応する人員を定義しておけば、日ごとの予約状況に合わせてシフトを調整できます。

閑散期シフトの設計例

多能工化(マルチタスク対応)

フロント専任、清掃専任という縦割りの人員配置では、閑散期に一部のスタッフが手持ち無沙汰になります。フロント担当が清掃のヘルプに入れる、料飲スタッフがチェックイン対応できる、といった多能工化ができれば、少ない人数でも回せるようになります。

多能工化は閑散期のコスト削減だけでなく、繁忙期の突発的な欠員対応にも効きます。ただし、労務管理上の注意点があります。業務範囲の変更は雇用契約や就業規則に反映させる必要があり、スタッフの同意なしに一方的に業務を追加することはできません。

閑散期を研修に充てる

閑散期のもうひとつの使い方は、繁忙期にはできない研修やメンテナンスの実施です。接遇研修、システム操作研修、新メニューの試作、客室の改装工事など、営業しながらでは難しい作業を閑散期に集中させることで、繁忙期のサービス品質と施設価値を上げられます。

研修時間は労働時間に算入されるため、人件費が増えるように見えますが、閑散期に研修を実施することで繁忙期のクレームが減り、口コミ評価が上がれば、集客コストの削減につながります。投資対効果を「研修費 対 繁忙期の追加売上」で測る視点が必要です。

施策の効果測定

閑散期施策を実行したら、翌月・翌四半期のRevPARで効果を測定します。以下の比較軸で改善幅を確認してください。

比較軸何を見るか判断基準
前年同月比RevPAR、ADR、稼働率の変動RevPARが前年を上回っていれば施策は機能している
競合比較STRレポート等で同エリア・同タイプの平均RevPARと比較市場平均を上回っていればポジション改善
チャネル別直予約比率、OTA経由比率、法人契約比率直予約比率が前年比で上がっていれば手数料削減効果あり
施策別ROI各施策(パッケージ、セール等)の追加売上 ÷ 投下コストROIが1.0を下回る施策は次期の見直し対象

効果測定で見落としがちなのは、繁忙期への影響です。閑散期の大幅値引きが、繁忙期の予約を先食いしていないかどうかを、四半期単位で確認してください。年間トータルのRevPARが改善していなければ、施策の方向修正が必要です。

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